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東京高等裁判所 昭和50年(行ケ)127号 判決

原告 中田重蔵

被告 埼玉県選挙管理委員会

主文

昭和五〇年六月二九日施行された埼玉県加須市の市長選挙は無効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は主文と同旨の判決を求め、請求原因として次のとおり陳述した。

一、原告は埼玉県加須市の市民であつて、昭和五〇年六月一九日告示、同月二九日施行の同市長選挙(以下本件選挙という)に選挙権を有し、同選挙に立候補して六、五一三票の得票を得たが、唯一の対立候補であつた梅沢一郎が一二、五一三票を得票したため落選した。

二、本件選挙には後記のとおりの無効原因があるので、原告は昭和五〇年七月五日加須市選挙管理委員会(以下市選管という)に本件選挙は無効である旨の異議を申し出でたが、市選管は同月二五日右申出でを棄却する決定をし、更に原告は同月二八日被告に対して審査の申立てをしたところ、被告は同年一〇月一五日右申立てを棄却する旨の裁決をした。

三、本件選挙には次の無効原因がある。

(一)  原告は本件選挙に際して二種類の選挙運動用ポスターを作成した。これをA、Bとすれば、Aポスターには中央部に「中田」と大書し、その右側に「同和対策」と記載し、Bポスターは中央部にAポスターの「中田」と同大の文字で「十三」(これは原告の通称であつて、公職選挙法施行令八八条により、本件選挙運動に使用することを選挙長によつて認定されている)と、その右側にAポスターの「同和対策」と同大の文字で「是か非か」と記載した。

(二)  同和対策事業特別措置法(以下同対法という)は、日本国の中に経済的社会的理由により生活環境等の安定と向上が著しく阻害されている国民が存在するとして、一部の当事者が強く申し立て政府をしてこれを制定せしめたことはその立法の経過により明らかである。この法律が歴史的由緒のある特定の地域又は国民を認知し又は認定し、特別即ち差別の施策を法律で実施することが、ある意味では憲法の保障する基本的人権を侵害し、当事者に不利益を招き、苦痛を再燃し兼ねない要素を含んでいることは争われず、このことが同対法は違憲であるとさゝやかれる所以である。

一方原告の対立候補者であつた現職市長の梅沢一郎は、加須市民の一パーセント約一〇〇世帯の対象者に数億とも云われる予算を投入し、地方税法に違反して市税を無差別に減額し、法に定める監査も怠り、こゝに逆差別、新差別の様子があらわれ、法律の名において差別を合理化しており、これについて市民の多くが批判の意見をもつていた。

原告は同対法および現職市長の同法の実施方法について、右にのべた意見をもち、選挙の争点としたので、これを表現する技術として、前記のとおりA、B二種類のポスターを作り、これを上下に連ねて掲示し、原告の主張を選挙民に訴えた。そして右ポスターはいずれも公職選挙法一四四条の規格に合致しており、委員会から交付された証紙がはられている適法なものであつて、掲示方法について何ら違法の点はない。

(三)  本件選挙は昭和五〇年六月一九日に告示され、原告は直ちに前記ポスターの掲示等選挙運動にはいつたものであるが、同月二一日市選管から電話で原告掲示のポスターは違反であるとの通知があつたので、原告の選挙事務所より運動員二名が出向いたところ、市選管委員長の岡安園八および埼玉県の職員らしい者から規格違反であるからポスターを直ちに撤去するよう通告され、次いで「同和対策是か非か」のスローガンについて干渉され、「是か非か」の文字を二本の棒線で抹消するよう強制され、更に「是か非か」の文字の上に紙をはり、その上に「中田」と書くよう強要された。その後、二時間もたたないうちに同委員長その他埼玉県職員一〇人前後が原告の選挙事務所に乗り込み、原告の前記スローガンを撤去するよう強要した。これによつて同委員長は原告に対する選挙民の信頼を失わしめ、かつ原告の選挙のことばを封じ込めたのである。のみならず同委員長は更に同月二二日付で原告に対し別紙のとおりの警告書を交付し、ポスターの撤去をせまり、公職選挙法一四七条を武器に、原告を脅迫した。

(四)  以上一連の市選管並びに埼玉県職員の行為は、公職選挙法二二五条、二二六条所定の違反行為に該当するのみならず、刑法二二三条の罪にもあたるものであつて、選挙の自由公正を著しく害し、選挙の結果に重大な影響をおよぼしたことが明らかであるから、本件選挙は無効である。

被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり陳述した。

第一、請求原因に対する答弁。

一、請求原因一は認める。

二、同二のうち、本件選挙に無効原因があることは否認し、その余は認める。

三、同三のうち、

(一)の選挙長が認定した原告の通称が「十三」であることは否認する(認定した通称は「中田十三」である)が、その余は認める。

(二)のA、Bのポスターのそれぞれが規格に合致していて、市選管から交付された証紙がはられていることは認めるが、同対法に関する原告の見解は争う。

(三)の本件選挙が昭和五〇年六月一九日に告示されたこと、同月二一日市選管が原告のポスターに規格違反があると通知したこと、同日原告の選挙運動員二名が市選管に出向いたこと、市選管がポスターの撤去方を要請したこと、同委員長および埼玉県職員等が原告宅を訪問したこと、市選管が別紙のとおりの文書を原告に交付したことは認めるが、その余および(四)は争う。

第二、被告の主張

一、原告は、AB二種類のポスター二枚を縦に密着してはりあわせることによつて、中央に「中田十三」と大書し、右側に「同和対策是か非か」という政策文言を記載してその形体内容から実質的に一枚のポスターの如き態様で掲示したが、このようなポスターは合体して一枚のポスターとみなさざるをえず、公職選挙法一四四条三項の規格制限に違反する。

二、同和問題については、内閣総理大臣の諮問に対して同和対答審議会より昭和四〇年八月に答申(以下「同対審答申」という)がおこなわれ、この答申に基づき昭和四四年七月同対法が公布施行された。この法律はすべての国民に基本的人権の享有を保障する日本国憲法の理念(憲法第一四条)にのつとり立法されたもので、同法第三条には、国民は同和対策事業の本旨を理解して相互に基本的人権を尊重するとともに、同和対策事業の円滑な実施に協力するよう努めなければならないと明示されている。ところが原告の規格制限違反のポスターの「同和対策是か非か」の文言は、原告の意思如何にかゝわらず、客観的には、加須市民及びその他の日本国民に対して「同和対策は必要なのか必要でないのか」「同和対策はよいのかよくないのか」という命題を提起しているものと解さざるをえない文言で、同対法が施行されてから六年を経過している現時点において、同対法に真向から反するかゝる文言をポスターに記載して広く国民の目に触れさせることはたとえ選挙のためとはいえ適当な表現でないことは言をまたない。

市選管が「同和対策是か非か」の文言の取消を要請したのは、原告の前記規格違反のポスターの文言について市民から「今時あのような文言のポスターを出して貰つては困る」とか「あのようなポスターは差別の助長につながる」などの抗議電話や口頭による抗議も来ている旨の報告が加須市同和対策課長から市選管になされたので、同対法の遵守・選挙の円滑な実施の責務を負う市選管として選挙の混乱を未然に防止するために要請したまでのことであつて、決して違法な行為を行つたものでもなければ選挙の自由を妨害したものでもない。

三、市選管は原告のポスターが規格制限違反であることを発見したので、昭和五〇年六月二一日午前九時三〇分と一二時頃原告の選挙事務所に電話をして撤去方を要請し、又選管を訪ねて来た原告の運動員にも同様の警告をし、更に同日午後四時三〇分頃にも電話で同様の警告をしたのに、原告側では警告の趣旨を理解していないらしく、掲示したBポスターの、それも一部のみの右側の「是か非か」の文言の上に、黄色の紙をはつただけで依然として規格違反のポスターをはりつゞけていたので、原告に直接面会して規格制限違反の理由を説明せざるをえないと判断した。

一方その頃市の同和対策課から市選管に対して「同和対策是か非か」の文言は同対法の趣旨からいつて好ましくないので善処して貰えないかという話もあつたので、前記規格違反の点とあわせて原告の理解をえ、選挙を円滑に施行したい意図の下に委員長以下市、県の選挙ならびに同和対策関係職員等一〇名前後で原告宅を訪問することになつた。そして同日午後六時頃一同が原告宅附近路上にさしかかつた際原告に出会つたので、委員長から「ちよつとお話したいことがありますが、どこにしましようか、お宅でさしつかえなかつたらいかゞですか」と申し入れたところ原告も「結構です」と原告宅に案内してくれたので、一同は原告に従い原告宅に入つたものであるから、面会を強要したとか、原告の選挙事務所に理由なく乗り込んだというような事実はない。

原告宅を訪れた委員長等は、原告がAB二枚のポスターを縦に密着して組合せて立て、実質的には一枚のポスターとして掲示した場合、法の規格違反となることを説明したところ、最後には原告もよくわかつたといつてその趣旨を理解するに至つたが、同行した市の同対課長からなされた同対法の趣旨の説明と国民的課題である同和対策を否定するようなポスターの文言は問題があるので善処して貰えないかとの申入れに対しては、原告は「同和対策は受け入れる側でも迷惑がつている人もいる」「市民の中にはそつとしておいてくれというものもいる」「同対法は単なる経済立法ではないか」などと反論し、結局納得してくれず、最後に原告から「これらのことは文書で出して貰いたい、そうしたら遵うから」との提言があつたので、市選管は翌二二日別紙警告書を発することになつた。

この文書は公職選挙法一四七条の撤去命令ではなく、自発的な撤去を求める行政指導的警告文書であり、このうちの「なお書」は規格違反ポスターが撤去されれば自動的に不必要となるものではあるが、予想される選挙の混乱を未然に防ぐ意味でなした要請である。

四、(予備的主張)前述のとおりA、Bのポスターのそれぞれ右側には「同和対策」「是か非か」と記載されているが、これらは本来一体として掲出することが許されぬポスターであるから、「同和対策是か非か」というスローガンをかかげた正規のポスターは存在しない。規格違反のポスターが撤去されればポスターから右スローガンは自然に消滅する関係にあるから、市選管がポスター撤去の外に右文章の取消を要請したことは、前者の要請を容れられることのみによつて当然に発生する結果をも要請したことになり、後者の要請は無意味である。従つてかりに後者の要請が選挙の規定に違反するとしてもこのことのみでは「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合」にはあたらず、本件選挙の無効事由とはなりえない。

更にまた原告のこの点に関する主張は、原告自ら規格違反のポスターの掲示(即ち違法状態)を継続することを前提とするものであるから、その主張自体のなかに矛盾を包含した失当な主張である。

証拠関係〈省略〉

理由

一、請求原因第一項の事実および同第二項中本件選挙に無効原因があることを除いたその余は、当事者間に争がない。

二、本件選挙運動に使用するため、原告が二種類のポスターを作成したこと、これらをA、Bとすれば、Aポスターには中央部に「中田」と大書し、その右側に「同和対策」と記載し、Bポスターには中央部にAポスターの「中田」の文字と同大の大きさで「十三」と記載し、その右側にAポスターの「同和対策」と同大の文字で「是か非か」と記載してあること、右ABのそれぞれは公職選挙法一四四条三項所定の大きさの範囲内のもので、市選挙管理委員会より交付をうけた証紙をはつたものであること、本件選挙が昭和五〇年六月一九日に告示され、原告が告示後直ちに右ポスターを加須市内の各所に掲示したこと、その掲示の方法として原告はA、B二種類のポスターを上下に連続して一枚の板に貼つて掲示したことはいずれも当事者間に争がない。

三、原告がその後右ポスターのBの「是か非か」の文言の上に「中田」と記載した紙を貼り、更にその後右AとB(Bは「是か非か」の文言の上に「中田」の紙をはつたもの)のポスターを引き離して二つのポスターを別の場所に掲示したことは、その各時期およびポスターの数の点を除いて当事者間に争いがない。

そこでその間の事情を考察するに、成立に争いのない甲第一号証の一ないし四、いずれも原本の存在および成立について争いのない甲第二号証、甲第三号証の一、二、甲第四ないし第八号証、甲第一三、一四号証、成立に争いのない甲第一五号証、原告主張の写真であることについて争いのない甲第一〇、一一号証、被告主張の写真であることについて争いのない乙第一号証、成立に争いのない乙第五号証、証人内藤三郎、同中田東一、同杉山昭一、同岡安園八、同石井誠、同藤沢格、同花俣忠成、同大橋和男の各証言および原告本人尋問の結果を綜合すると、次の各事実が認められる。右証拠中以下の認定に反する部分は採用しない。

1、原告の戸籍上の氏名は「中田重蔵」であるが、原告は本件選挙について公示の日の一九日(昭和五〇年六月一九日以下日のみを記した場合は同年同月のそれである)に選挙長から通称として「中田十三」の呼称の認定をうけた。

2、原告が最初に掲示したポスターはABを上下に接続させ一枚の板にはつたもので、これを見ると、右側に「同和対策是か非か」と書かれ、左側中央寄りに「中田十三」と大書された一枚のポスターの外観を呈することになり、二枚を併わせると、その大きさは公選法所定の制限を超えることになる。そこで市選管は原告の右ポスターの掲示方法が公選法一四四条三項所定のポスターの大きさの制限に違反するものと判断し、二一日午前九時頃と同日正午頃の二回にわたつて原告の自宅(選挙事務所が置かれていた)に電話をして、その旨を述べ、右ポスターを撤去するように注意すると共に、この事実を埼玉県選管(被告)に連絡した。

3、一方二〇日から二一日にかけて撤回にわたつて加須市民から同市同和対策課に電話もしくは口頭で、右ポスターの「同和対策是か非か」の文言が、同和対策に反対し、部落差別の温存を意図するもので、市の同和行政に悪影響を及ぼすものとして抗議の申入れがあつた。同市同和対策課長の藤沢格も右ポスターの文言が市の同和対策事業の円滑な実施を妨げるおそれがあると判断し、市選管に善処方を要望する旨伝えた。

また二一日午前一〇時すぎ頃には同市の対象地域(同対法第一条参照)の七・八人の人が、更に同日午後三時すぎ頃には五〇人位の人々が市選管を訪れて同趣旨の抗議をし、右ポスターを撤去させるよう申入れた。

4、県選管は市選管から前記の連絡をうけて、職員の同県総務部地方課長補佐大橋和男、同課専門調査員黒沢公朔、同課選挙係長花俣忠成の三名を加須市に派遣し、同人らは二一日午後三時頃同市選管事務所に到着し、また同県企画財政部同和対策課長補佐山田淳三、同課企画係長平田要助、同県教育委員会同和教育課学校同和教育係平間隆司の三名も県から派遣されその後間もなく市選管事務所に到着した。

5、原告の選挙事務所では市選管からのポスターを撤去せよとの前記電話に驚き、同事務所で原告の選挙運動を助けていた内藤三郎(原告の兄)と中田東一(原告の弟)の両名が同日午後三時すぎ頃市選管事務所に赴き委員長の岡安園八に面会してポスター撤去の理由を尋ねた。そこには委員長のほかに市選管書記長杉山昭一および県選管から派遣された前記大橋和男、花俣忠成、黒沢公朔らが同席して、内藤ら両名に対し交々「ポスターを二枚続けてはつたのは違反であるから撤去せよ」「ポスターは一つ一つが意味が通じなければならない、是か非か十三では意味が通じない、是か非かを消すように」「是か非かを二本棒で消すように」「二本棒で消したのでは下の文字が見えるからいけない、紙をはるように」などと申入れた。内藤らは、ポスターは既にはり終つているので、これを撤去したり書き変えたりすることは困難であること、殊にそれは原告にとつて決定的な打撃となることを述べたが、委員長らは聞き入れないので、内藤ら両名は一応諒承して事務所に帰つた。同日午後四時半頃市選管は原告の選挙事務所に更に電話をして「ポスターを切り離すように」という注意をした。

6、市選管は、以上再三の注意にも拘わらず、原告がこれに応じてポスターの掲示方法を変更する様子が見られないとし、直接原告に面会して注意を促すほかないと考え、同日五時すぎ頃市選管委員長岡安園八、市選管書記長杉山昭一、市同和対策課長藤沢格、市教育長石出恵豊、市教育委員会同和教育課長小野田正一ならびに県選管および県から派遣された前記六名の合計十一名が三台の自動車に分乗して原告の自宅に向い、途中の街路で原告に出合い、原告の案内で、その自宅の応接間に入つた。その際右十一名のうち石出、小野田の二人は道路にとめた自動車に残り、原告宅応接間に入つたのはその余の九名である。これらの九名はそこで原告に対し、ポスターの掲示方法とポスターの文言の二つの事項について申入れをした。すなわち、前者についてはABのようなポスターを上下に接続して掲示することはポスターの大きさに関する公選法の規定に反すること、後者については、ポスターの「同和対策是か非か」の文言が同対法制定の趣旨、殊に同法三条の規定の趣旨に反し穏当でないこと。以上の説明をしてポスターの撤去を求めた。これに対し原告はポスターの規格の点については一応諒承したが、その文言の点については「これは自分の唯一のスローガンである。この文言は現市長の行つている同和対策の是非を問うているだけで、同対法の趣旨に反対しているものではない」と云つてゆずらず、強いて要求するのであれば文書で申入れて貰いたいと述べ、委員長らもこれを諒承して会談を終つた。

7、市選管委員長岡安園八は翌二二日の朝市選挙管理委員会を開き、その会議において別紙のような警告書を作成し、直ちにこれを原告に交付した。

8、原告方では以上の警告を受けて、二一日から二三日頃までの間に、はじめは、Bポスターの「是か非か」の文字の上に長方形の紙をはつてこの文字を消し、次いでその紙の上に「中田」と墨で書き(甲第一号証の四)、更に長方形の黄色の紙に「中田」と印刷してこれを「是か非か」の文字の上に貼り(甲第一号証の三)、ABポスターを切り離して別々に掲示し、この作業を二三日中に終了した。

四、「同和対策是か非か」の文言の趣旨について

原告本人尋問の結果によると、原告は本件選挙の対立候補であつた現職市長梅沢一郎の施行していた同和対策について批判的な意見をもつていた。原告の意見は次のとおりである。すなわち、同市長の施策は、同和対策事業に必要以上の資金を投じ、対象者の団体に過大な補助金を交付し、対象者に対する市税の賦課を他の半額とするなど、対象者に対して「新差別」「逆差別」をし、かえつて対象者自身からもこの差別扱いによつて対象者であることが明るみに出るとして迷惑に思われているし、これに対する一般市民の関心批判が高い。また同対法についても、この法律による事業を行うについては、必然的に対象者の認定をしなければならないが、この認定自体が正に差別ではないか、との強い疑問をもつている。そこで対立候補である同市長の同和対策に関する批判の意見を市民に訴える趣旨においてこの文言を唯一のスローガンとして本件選挙に臨んだ。原告は本件選挙において選挙運動としては主としてポスターによる掲示と街頭演説の二つの方法を用いたが、右の同和対策問題は前記のとおり原告の唯一のスローガンで、これを消すことは候補者として死活に関する問題であるというのである。

五、そこで市選管、市職員、県選管、県職員のとつた右の措置が本件選挙において不当な干渉に当るかどうかを検討する。

1、ポスターの掲示方法について

原告のしたポスターの掲示方法はポスターの大きさに関する公選法の規定に違反することが明白であるから、市選管および被告の職員が、これを指摘し、違反行為をやめるように注意し警告したことは当然の職務行為として適法である。

2、ポスターの文言について

被告は、この点に関する市選管、市職員、被告の職員および県職員の措置は同対法三条の規定の趣旨からして当然の行為であるという。しかし、歴史的社会的理由による差別待遇をしてはならないことは、憲法による人権保障の規定をまつまでもなく、現代社会における基本理念であるが、それと、そのために特に同対法のような法律を制定して対策事業を行なうべきかどうか、行なうとしてその方策如何の問題は全く別個の事項である。これらの事項について論ずることはまさに言論の自由に属する。また、仮りに歴史的社会的理由による差別待遇を温存し助長するような言論をなす者があつたとしても、これを公権力によつて抑圧することが適法かどうかも全く別の問題である。言論に対しては言論をもつてすべきが現代社会の常法であろう。殊に選挙においては選挙人が投票によつて最終的にその当否を決定するわけである。

「同和対策是か非か」の文言は、選挙におけるスローガンとしての性質上当然であるが、きわめて簡単な文言で、読みようによつてはどのようにもとれる。原告の主張するようにも読めるし、被告の主張するようにもとれる。しかしこれは加須市長選挙における候補者のスローガンであるから、単に抽象的に同対法やその同和対策を論じても効果のないことが明らかで、原告の主張するように対立候補者である現職市長の現に行なつている具体的な同和対策の是非を問うているものと見るべきであろう。仮りにそれが被告の主張するような趣旨のものであつたとしても、選管や県・市の公務員が、その文言がそのような趣旨のものであると判断し、且つそれをやめさせるように働きかける権限をもつ根拠を見出すことができない。それは明らかに公権力によつて選挙における言論の自由と選挙の公正を害するもので、不当な選挙干渉と云うべきである。殊にこれらの公務員が三台の自動車を連ねて一一人も原告の選挙事務所に乗り込む要はなく、これに対する選挙民の思惑を考慮すれば、それ自体でも不当な選挙干渉というべきである。

被告は、二つのポスターを切り離せば「同和対策」「是か非か」の文言は意味のないものになり「是か非か」を消しても消さなくとも同じであるというが、以上は単なるポスターの文字だけの問題ではない。市選管・被告の職員およびその他の公務員らの前記の行動は単にポスターの文字を消させる趣旨に出でたものではなく、原告の唯一のスローガンであつた同和対策批判の主張自体を抹殺させる趣旨に出でたものであることが明らかであるから、被告の右主張は採用しえない。

六、同和対策に関する原告の右スローガンは原告の市長候補者としての唯一のものであり、またそれを選挙の最中に前記のような形で引込めざるをえなくさせられたわけであるから、これは原告の得票に重大な影響があつたと推測される。原告の得票と対立候補のそれとの間には前記のように可成りの差があつたが、原告本人尋問の結果によると、原告は以前に一度加須市長に当選した事実が認められるから、市選管・被告の職員その他の公務員による干渉がなかつたならば、選挙の結果に異動がなかつたとは云い切れないのである。

七、よつて、本件選挙を無効とすべきものとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法九五条八九条にしたがい主文のとおり判決する。

(裁判官 松永信和 小林哲郎 間中彦次)

別紙

昭和50年6月22日

加須市選挙管理委員会

委員長 岡安園八[印]

中田十三殿

選挙運動用ポスターについて(警告)

昭和50年6月29日執行の加須市長選挙において貴殿が掲示しているポスターは、公職選挙法第144条第3項に違反すると認められるものがあるので直ちに撤去方要請します。

なお、ポスターに記載されている文言については、同和対策事業特別措置法の主旨に沿わない文言と認められますので取消されるよう要請します。

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